「1年で廃業」に公的な統計はない、という前提から
「行政書士は開業1年で◯割がやめる」という数字を目にすることがあります。しかし、行政書士の廃業率を継続的に集計した公的な統計は、確認した限り公表されていません。日本行政書士会連合会が公表しているのは各都道府県会の会員数で、令和8年4月1日現在の個人会員は54,186人、法人会員は1,719件です。登録の増減の内訳や、登録から何年で廃業したかまでは公開されていません。
一方で、試験の合格者は毎年一定数出ています。令和7年度行政書士試験の合格者は7,292人、合格率は14.54%でした(令和8年1月28日公表)。ただし合格者が全員登録するわけではなく、登録後にどれだけ残るかを示すデータもありません。つまり「1年で何割が消えるか」は、誰も正確には言えないというのが実際のところです。
それでも、開業1年目に何が起きるかは、隣接する一次データからかなりの精度で見えてきます。この記事では日本政策金融公庫の新規開業実態調査と日行連の報酬額統計調査という2つの公表データを土台に、1年目でつまずく構造を分解します。出どころの違うデータを混ぜないよう、どの数字が何を指しているかは都度明示します。
開業1年目に実際に起きていること(公庫調査から)
日本政策金融公庫総合研究所「2025年度新規開業実態調査」は、同公庫国民生活事業が2024年4月から同年9月にかけて融資した企業のうち、融資時点で開業後1年以内の企業8,517社(不動産賃貸業を除く)を対象に、2025年8月時点で実施されたものです(回収2,165社、回収率25.4%)。調査時点での開業からの経過月数は平均15.5か月。まさに「開業1年前後」の姿を映しています。ただし全業種が対象であり、行政書士事務所だけを抜き出した調査ではない点は先に断っておきます。
| 指標(2025年度調査) | 結果 |
|---|---|
| 現在の採算状況が「黒字基調」 | 67.0%(「赤字基調」33.0%) |
| 予想月商を達成した割合 | 58.7%(4割超が開業前の想定に届かず) |
| 開業時に苦労したこと 1位 | 資金繰り、資金調達 56.9% |
| 開業時に苦労したこと 2位 | 顧客・販路の開拓 49.9% |
| 現在苦労していること 1位 | 顧客・販路の開拓 48.8% |
| 開業の総合的な満足度「満足」 | 74.8% |
| 「事業からの収入」への満足 | 28.3% |
注目したいのは最後の2行のギャップです。開業そのものには74.8%が満足しているのに、事業からの収入に満足しているのは28.3%にとどまります。やりがいは得られている。足りないのは売上だ、という構図です。しかも苦労の中身は、開業時には「資金繰り」が1位(56.9%)だったものが、時間が経つと「顧客・販路の開拓」(48.8%)に移ります。開業1年目の壁は、資格でも知識でもなく受任にあると読めます。
なお同調査の開業費用は平均975万円・中央値600万円ですが、これは飲食や小売を含む全業種の数字で、行政書士事務所に当てはめるべきものではありません。むしろ事務所開業は初期投資が小さい分、赤字が静かに続いても手元資金が尽きるまで気づきにくいという別の危うさがあります。
1年でたたむ人に共通する5つのパターン
以下は、上記のデータと行政書士業務の構造から導ける典型的なつまずき方です。個別の事務所の実例ではなく、業務の性質上どうしても起こりやすい形として整理しています。
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01
単価設計がない 「1件いくら」は決めていても、月に何件受任すれば生活費・会費・税金を賄えるかを計算していない。結果、忙しいのに手元に残らない。
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02
専門が決まらない 「何でもやります」と掲げると、検索でも紹介でも思い出してもらえない。断らないことと、選ばれることは別の話。
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03
入口が人脈だけ 開業直後は知人からの依頼で数字が立つ。その層を一巡した半年〜1年後に、次の受任経路がないことに気づく。
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04
業際が曖昧 依頼者の要望に押されて、他士業の独占業務や紛争性のある案件に踏み込む。一度の事故で信用を失いかねない領域。
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05
作業で1日が終わる 資料の催促、書式探し、期限のメモ。1件あたりの手間が減らないまま件数だけ増やそうとして、品質か健康のどちらかが壊れる。
5つのうち3つ(単価・専門・受任経路)は開業前に決められるものです。残る2つ(業際・作業)は、件数が増える前に型を作っておくほど安く済みます。以下、順に見ていきます。
パターン1|「何件受任すれば食えるか」を計算していない
行政書士法10条の2第2項に基づき、日行連は報酬額の統計を作成・公表しています。この調査は5年に1度実施されるもので、最新は「令和7年度報酬額統計調査の結果」(令和8年1月実施、前回は令和2年度/金額は消費税込・立替金は含まない)。掲載されているのは全国の回答者の分布であり、地域や案件の難易度で幅がありますが、自分の単価が市場のどのあたりにあるかを測れる業界唯一の全国規模のものさしです。ただしこれは日行連が作成・公表する業界統計であり、統計法上の政府統計ではありません。
| 業務 | 回答者数 | 平均額 | 最頻値 |
|---|---|---|---|
| 建設業許可申請(法人・新規/知事) | 512人 | 151,341円 | 165,000円 |
| 建設業変更届出(事業年度終了) | 1,029人 | 42,997円 | 33,000円 |
| 産業廃棄物収集運搬業許可申請〔積替保管を除く〕 | 257人 | 125,112円 | 110,000円 |
| 在留資格認定証明書交付申請(就労資格) | 194人 | 120,174円 | 110,000円 |
| 会社設立手続 | 287人 | 106,371円 | 110,000円 |
| 遺産分割協議書の作成 | 705人 | 69,752円 | 55,000円 |
| 古物商許可申請 | 261人 | 53,688円 | 55,000円 |
| 自動車保管場所証明申請書の作成(登録車車庫証明) | 315人 | 13,428円 | 5,000円 |
この表から読み取るべきは金額の高低ではなく、必要件数の桁が業務ごとに10倍以上違うという点です。仮に年間の必要売上を600万円と置くと、平均約15万円の建設業新規許可なら年40件、平均約1.3万円の車庫証明なら年450件近くが必要になります。なお統計値は消費税込のため、税抜ベースで必要売上を置く場合は件数が約1割増える点に注意してください。前者は1件あたりの調査・打合せが重く、後者は1件が軽い代わりに件数と回転が要る。どちらが正しいという話ではなく、選んだ業務によって必要な体制がまったく別物になるということです。
そして1年目以降に効いてくるのは、単発の許可より更新・変更・年次届出のような繰り返し発生する業務です。表の「建設業変更届出(事業年度終了)」は平均42,997円と単価こそ高くありませんが、回答者数1,029人は全項目でも突出しています。決算期ごとに必ず発生し、顧客との関係が続くからです。新規許可を取った顧客を決算変更届と更新まで管理して、はじめて売上が積み上がります。詳しくは更新期限の管理方法、報酬額の決め方、売上目標の立て方も参考にしてください。
固定費も先に確定させておきたいところです。登録免許税は行政書士の登録1件につき3万円(登録免許税法別表第一)、日行連への登録手数料(新規)は会則で25,000円と定められています。これに各都道府県会の入会金と会費が加わりますが、金額は単位会ごとに異なるため、登録予定の会に必ず確認してください。開業費用の全体像は開業資金の内訳と開業時の経費にまとめています。
パターン2・3|専門と受任経路が決まっていない
公庫調査で「現在苦労していること」の1位が顧客・販路の開拓(48.8%)だったのは偶然ではありません。開業直後は前職の縁や知人紹介で数件が動きます。問題はその後です。紹介は在庫であって生産設備ではない。使えば減ります。
専門の決め方は、興味より「自分が説明できる業界」から入るほうが現実的です。同調査では開業者の97.6%が勤務経験を持ち、81.1%が斯業経験(現在の事業に関連する仕事をした経験)を持っています。前職と全く関連のない分野で始めるのは、統計的には少数派の戦い方になります。
- 前職・出身業界に隣接する分野を1つ選び、まず「その分野の相談なら答えられる」状態を作る
- 選んだ分野の検索需要(許可名+地域名)に対して、答えになるページを持つ。事務所名だけのサイトは受任経路にならない
- Googleビジネスプロフィールと問い合わせ動線を整え、電話・フォーム・LINEのどれで来ても取りこぼさない
- 紹介元(同業・税理士・不動産会社・自動車販売店など)には、思い出してもらえる粒度まで業務を絞って伝える
- 見積と料金説明を定型化し、初回返信の速さで差をつける
それぞれの具体策は、専門分野の選び方、事務所サイトの要否、Googleビジネスプロフィール、問い合わせフォームの改善、紹介ネットワークの作り方、見積書の書き方で個別に扱っています。
パターン4・5|業際の線引きと、事務作業への時間の溶かし方
業際の線引きは、売上が苦しいときほど揺らぎます。行政書士法1条の3第1項は、官公署に提出する書類その他権利義務または事実証明に関する書類の作成を業務と定めますが、同条2項は「その業務を行うことが他の法律において制限されているもの」については業務を行えないと明記しています。加えて19条は、行政書士でない者が報酬を得て業として同様の業務を行うことを禁じています。範囲は法律の側から二重に区切られている、という理解が出発点です。(条番号は令和8年1月1日施行の改正行政書士法によるもの。改正前の1条の2が1条の3、1条の3が1条の4に繰り下がっています)
- 登記・供託の代理、法務局や裁判所・検察庁に提出する書類の作成は司法書士の業務(司法書士法3条1項1号〜4号、73条)
- 税務代理・税務書類の作成・税務相談は税理士の業務(税理士法2条1項、52条)
- 労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成と提出手続の代行は社会保険労務士の業務(社会保険労務士法2条1項、27条)
- 報酬を得る目的で紛争案件の代理・和解・鑑定などを業として行うことは弁護士法72条に抵触する
- 「サポート」「お手伝い」と言い換えても、実質が他士業の独占業務であれば評価は変わらない
手続面の義務も1年目から発生します。行政書士法9条は、事件の名称・年月日・受けた報酬の額・依頼者の住所氏名等を帳簿に記載し、帳簿閉鎖から2年間保存することを求めています。10条の2第1項は、事務所の見やすい場所に報酬額を掲示する義務を定めています。日行連は綱紀事案も公表しているので、どこで事故が起きやすいかは公開情報から学べます。境界線の考え方は行政書士の業務範囲で整理しています。
最後のパターンが、作業に時間を溶かすことです。1年目は件数が少ない分だけ1件を丁寧にやれますが、その進め方のまま件数が2倍になると破綻します。特に効くのが書類回収の停滞で、依頼者からの必要書類が揃わないまま案件が滞留すると、売上は立たないのに管理コストだけが積み上がります。「案件の状態が一覧で見えるか」「催促が仕組みで飛ぶか」「期限が人の記憶以外の場所にあるか」──この3点は、件数が増える前に決めておくほど安く済みます。書類回収の効率化、書類の遅延を防ぐ方法、案件管理システムの比較が出発点になります。
まとめ|1年目を越えるための確認事項
行政書士の廃業率を示す公的統計は見当たりません。したがって「1年で何割」という数字は使えません。使えるのは、開業1年前後の事業者の実像を示す公庫調査と、業務ごとの報酬水準を示す日行連の統計です。
そこから読める1年目の急所は、資格でも知識でもなく受任と単価の設計です。開業の満足度は74.8%と高い一方、事業からの収入に満足しているのは28.3%。やりがいと売上は別々に設計しないと揃いません。
具体的には、必要売上から逆算した件数、繰り返し発生する業務の確保、前職に隣接した専門の選択、紹介以外の受任経路、そして業際の線引き。この5つは開業前でも着手できます。開業までのロードマップや1年目の実務の進め方と併せて確認してください。
そして、件数が増える前に事務作業の型を決めておくこと。案件の見える化、書類回収、期限管理は、後から直すほど高くつきます。行政書士業務の範囲内で、自分が本当に時間を使うべき仕事に集中できる状態を先に作っておきたいところです。
Q. 行政書士の廃業率はどのくらいですか?
A. 確認した限り、行政書士の廃業率を継続的に集計した公的統計は公表されていません。日本行政書士会連合会が公表しているのは会員数(令和8年4月1日現在で個人54,186人、法人1,719件)で、登録の増減内訳や登録年数別の廃業状況までは含まれていません。ネット上で見かける「◯割が1年で廃業」といった数値は出典を確認することをおすすめします。
Q. 開業1年目の売上目標はどう決めればいいですか?
A. 「いくら欲しいか」ではなく「いくら必要か」から逆算するのが実務的です。生活費、登録免許税3万円と日行連の登録手数料25,000円、所属単位会の入会金・会費(金額は会ごとに異なります)、社会保険料、税金、事務所経費を積み上げて年間の必要額を出し、それを主力業務の平均単価で割って必要件数を出します。報酬額統計調査を使えば、業務ごとの単価感を日行連が公表する全国統計で確認できます。
Q. 報酬額は日行連の統計に合わせるべきですか?
A. 報酬額は各行政書士が自由に定めるもので、統計はあくまで全国の回答者の分布です。地域、案件の難易度、対応範囲によって適正額は変わります。ただし行政書士法10条の2第1項により、事務所の見やすい場所に報酬額を掲示する義務があるため、根拠を説明できる形で決めておく必要があります。統計は「自分の単価が市場からどれだけ離れているか」を確認する用途で使うのが現実的です。
Q. 会社員を続けながら開業してもいいですか?
A. 行政書士法に兼業そのものを一律に禁じる規定は見当たりません。ただし、公務員には国家公務員法・地方公務員法上の制限があり、民間勤務でも勤務先の副業規程の確認が必要です。また事務所の要件や届出の運用は所属予定の都道府県会によって異なるため、登録前に必ず単位会へ確認してください。働き方の設計は副業・兼業で行政書士はできるかも参考になります。
Q. 開業1年目に最初にやるべきことは何ですか?
A. 公庫の2025年度新規開業実態調査では、現在苦労していることの1位が「顧客・販路の開拓」(48.8%)でした。したがって最優先は受任経路の確保です。具体的には、前職に隣接した分野を1つ選び、その分野の検索需要に応えるページを持ち、Googleビジネスプロフィールと問い合わせ動線を整えること。並行して、案件管理と書類回収の型を件数が増える前に決めておくと、後の作り直しコストを抑えられます。
1年目に時間が溶ける場所は、たいてい連絡の往復にある
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※ 本記事は執筆時点(2026年8月)の公表資料に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する助言ではありません。会費・入会金など単位会ごとに異なる費用、報酬水準、各種制度は変更される場合があります。最新かつ正確な内容は、所属予定の都道府県行政書士会および各出典元でご確認ください。