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「家賃が安いから」で決めると、あとで効いてくる

開業準備のなかで、事務所の場所はあとから変えにくい決定のひとつです。登録申請は事務所の所在地を管轄する都道府県の行政書士会を経由して行うため、場所が固まらないと登録手続きそのものが動きません。それでいて、候補地の比較が「家賃」と「自宅からの通勤時間」の2軸だけで終わってしまう例は珍しくありません。

場所の良し悪しは、単独では決まりません。同じ駅前の10坪でも、建設業許可を主軸に置く人と、相続・遺言を主軸に置く人では、望ましい条件が違います。前者は許可行政庁の管轄と建設業者の分布が効き、後者は地域の年齢構成と紹介経路が効きます。つまり取扱分野が決まっていない状態で場所を決めるのは、順番が逆ということです。

この記事では、法令上の制約 → 競合の密度 → 商圏の設計 → 分野との相性 → 物件形態、という順に判断材料を整理します。数字は一次情報で確認できるものだけを扱い、地域差が大きい部分については「自分の候補地で確認する方法」を示します。開業全体の流れは開業ロードマップを併せて確認してください。

先に押さえる法令上の制約|行政書士法8条と単位会の基準

行政書士法8条1項は、使用人である行政書士等(他の行政書士の使用人である行政書士、行政書士法人の社員または使用人である行政書士)を除く行政書士について、「その業務を行うための事務所を設けなければならない」と定めています。同項は括弧書きでこれらの者を適用対象から除いているため、右の引用は括弧書きを省いたものです。2項では「行政書士は、前項の事務所を二以上設けてはならない」とされ、3項では「使用人である行政書士等は、その業務を行うための事務所を設けてはならない」と定められています(e-Gov法令検索・行政書士法)。

  • 01
    設置義務 業務を行うための事務所を設けること(法8条1項。括弧書きで使用人である行政書士等は除外)。登録申請の前提になる
  • 02
    二以上の禁止 同一の行政書士が事務所を2か所以上設けることはできない(法8条2項)
  • 03
    使用人の制限 使用人である行政書士等は、自分の事務所を設けられない(法8条3項)
  • 04
    単位会の基準 事務所の独立性・書類保管・表示などの具体的な運用は、所属予定の都道府県会が定める。会ごとに差がある

実務上の意味は明快で、事務所は原則1か所ということです。「都心に打ち合わせ用、自宅に実務用」といった二拠点運用は制度上できません。将来的に拠点を増やす構想があるなら行政書士法人化という別の枠組みになりますが、行政書士法13条の14の規定により、主たる事務所・従たる事務所のそれぞれに社員(行政書士)を常駐させることが求められます。したがって社員が一人の法人では従たる事務所を設けられず、拠点を増やすには複数の社員が必要です。いずれにせよ開業時点では1か所を選び切る前提で候補を絞る必要があります。

これに加えて、各都道府県会が事務所の設置基準を定めています。生活空間との区分、施錠できる書類保管場所の確保、他の事業と同一空間を使う場合の扱いなどが典型的な論点です。レンタルオフィスやシェアオフィスの可否も会によって判断が分かれるため、賃貸借契約を結ぶ前に、登録予定の会へ照会するのが確実です。要件の詳細は行政書士の事務所要件、登録の流れは登録手続きで扱っています。

競合の密度を数字で見る|都道府県別の会員数

日本行政書士会連合会は、都道府県別の会員数を公表しています。令和8年4月1日現在で、個人会員は全国54,186名、行政書士法人は1,719法人です(日行連「各都道府県の行政書士会所在地・会員数等」)。主要な都道府県を抜き出すと次のとおりです。

都道府県個人会員数行政書士法人数
東京都8,573438
大阪府4,028170
愛知県3,447124
神奈川県3,425119
兵庫県2,07144
北海道1,96667
福岡県1,86057
全国合計54,1861,719

東京・大阪・愛知の3都府県だけで個人会員の約29.6%、神奈川を加えると約35.9%が集まります(上表から算出)。都市部は案件の絶対量が多い一方で、検索やポータルで可視化されている案件ほど取り合いになる市場だと考えたほうが実態に近いでしょう。

ただし会員数は「競合の数」そのものではありません。登録していても実務をほとんど行っていない会員、勤務行政書士、自分とは分野が重ならない事務所が相当数含まれます。実効的な競合を測るなら、「地域名+やろうとしている分野名」で検索し、上位に出る事務所が何件あるか、そのうち何件が専用ページ・料金表・実績記事まで作り込んでいるかを数えるほうが精度が高くなります。県全体の会員数より、この10件のほうが自分の受注に直結します。

逆に会員数の少ない地域は、競合は薄いものの案件の絶対数も少なく、単価も上げにくい傾向があります。地方で成り立たせられるかどうかは、商圏を県内全域や隣県まで広げられる分野を選べるかにかかっています。地域内の横のつながりが効く場面も多いので、紹介ネットワークの作りやすさも判断材料に入れてください。

商圏は「分野」で伸び縮みする

行政書士業務の商圏は一律ではありません。来所が前提になる分野は狭く、書面と郵送・オンラインで完結しやすい分野は広い。ここを分けずに「駅から徒歩何分か」を議論しても、判断材料になりません。大まかには次の3層に分かれます。

  • 01
    近距離型 徒歩〜車で30分圏。相続・遺言、離婚協議書、車庫証明など。高齢の依頼者や現物確認が絡む案件では、来所しやすさ・駐車場・看板の視認性が実際に効く
  • 02
    中距離型 同一都道府県〜隣県。建設業許可、産業廃棄物収集運搬業、宅建業免許など。許可行政庁の管轄と対象業者の分布に商圏が引きずられる
  • 03
    広域型 事実上全国。在留資格関連、補助金申請、契約書作成など。オンライン面談と電子申請の比重が高く、所在地よりWeb上での見つかりやすさが勝負になる

近距離型を主軸にするなら、住宅地に近く、駐車場があり、1階または低層階で、看板を掲出できる物件の価値が上がります。Googleビジネスプロフィールで地図検索から拾われるかどうかも、実際の所在地に左右されます。この層を狙うなら、家賃を立地に払う意味があります。

一方で広域型を主軸にするなら、事務所の物理的な立地は売上にほとんど効きません。効くのは、オンライン面談の体制、サイトの検索順位、対応できる言語です。この場合は家賃を抑え、その分をWebサイトオンライン相談の環境に配分するほうが合理的でしょう。

実務では、この3層を組み合わせることになります。開業初期は近距離型で顔の見える案件を回して現金を作り、並行して広域型の集客導線を育てる、という設計が現実的です。どの層を主軸にするかは専門分野の選び方と一体で決めてください。

分野別に見た立地の相性と、候補地の確認先

主要分野について、立地が売上にどう効くかと、候補地で確認すべきことを整理します。効き方の強弱は地域差が大きいため、必ず自分の候補地のデータで裏を取ってください。

分野立地の効き方候補地で確認すべきこと
建設業許可・経営事項審査中/許可行政庁の管轄と業者密度に依存都道府県が公表する建設業許可業者名簿、地域の元請・下請構成
在留資格・国際業務低〜中/入管の管轄と外国人集住地域が影響都道府県別の在留外国人数と在留資格の内訳(e-Stat)
相続・遺言関連高/来所しやすさと地域内の紹介経路市区町村の高齢化率、地元金融機関・不動産事業者との接点
自動車関連(車庫証明・登録)高/警察署・運輸支局までの距離が採算に直結管轄警察署と運輸支局の分布、ディーラー・中古車店の立地
補助金・契約書作成低/オンラインで完結しやすい検索上位の競合の厚さ、支援機関との関係構築の余地
産廃・宅建業などの許認可中/許可行政庁の所在に依存申請窓口の所在地、対象となる事業者数

自動車関連は特に立地の影響が大きい分野です。1件あたりの報酬が比較的小さく件数で回す業務であるため、警察署・運輸支局への往復距離がそのまま利益率になります自動車登録業務を主軸に置くなら、管轄署の分布は物件選びの必須条件と考えてよいでしょう。

在留資格を主軸にするなら、地方入管・支局の所在と、外国人が集住している地域の把握が前提になります。出入国在留管理庁は在留外国人統計を公表しており、国籍・在留資格・都道府県を組み合わせてe-Statで確認できます(直近の公表は2025年12月末時点)。技能実習・特定技能が厚い地域と、留学・技術・人文知識・国際業務が厚い地域では、必要な提携先も対応言語も変わります。なお技能実習制度は令和6年法律第60号(2024年6月21日公布)により育成就労制度へ移行し、施行日は政令で令和9年(2027年)4月1日と定められていますので、技能実習の集積で地域を評価する場合は移行後の運用を織り込んで見る必要があります。多言語サイトの要否も、ここで判断できます。

候補地の絞り込みと、物件形態の選び方

候補地を2〜3か所に絞ったら、次の順で数字を集めます。いずれも公開情報で足ります。

  • 競合/日行連「各都道府県の行政書士会所在地・会員数等」で県単位の会員数を確認。そのうえで「地域名+分野名」で検索し、上位10件の専門性と料金表の有無を記録する
  • 需要(人口・年齢構成)/総務省統計局「人口推計」と、市区町村が公表する統計書・人口ビジョン。相続系なら高齢化率、企業向けなら事業所数を見る
  • 需要(分野別)/建設業なら都道府県の許可業者名簿、在留資格ならe-Statの在留外国人統計、自動車なら管轄警察署・運輸支局の一覧
  • 単価の目安/日行連「報酬額の統計」。5年に1度の全国調査で、令和7年度調査の結果が公表されている
  • 移動コスト/候補物件から主要な提出先(都道府県庁の担当課、市区町村役場、法務局、地方入管、警察署、運輸支局)までの所要時間を実測する

最後の移動コストは軽視されがちですが、開業1年目に確実に効きます。片道40分の窓口に月8回通えば、それだけで月10時間以上が移動に消えます。電子申請で置き換えられる手続きは増えていますが、すべてが置き換わったわけではありません。電子申請で削れる部分と削れない部分を分けたうえで、実所要時間を見積もってください。なお報酬額統計は「その金額で受注できる」保証ではなく回答会員の実績分布ですので、相場観の材料にとどめ、値付けは別途設計する前提で見てください。

場所が固まったら形態を選びます。自宅、賃貸事務所、レンタル/シェアオフィスが主な選択肢で、それぞれ単位会の要件との相性が異なります。自宅は固定費が最小ですが生活空間との区分と住所公開の問題が残り(自宅事務所のレイアウト)、賃貸事務所は独立性を確保しやすい反面、保証金・原状回復まで含めた総額で比較する必要があります。レンタル/シェアオフィスは個室で施錠でき書類保管が独立していれば認められる例がある一方、会によって判断が分かれます。いわゆるバーチャルオフィスは実体のある事務所と認められない扱いが一般的で、いずれも契約前の照会が必須です。

もうひとつ、開業後に効いてくるのが「住所は変えにくい」という性質です。移転すれば行政書士法6条の4による変更登録の申請(所属会を経由して日行連へ)に加えて、Webサイト、名刺、Googleビジネスプロフィール、各許可行政庁に届け出た情報まで更新対象が広がります。都道府県をまたぐ移転なら、法16条の5第2項により移転の時点で従前の会を当然に退会して移転先の会の会員となるため、所属支部や支部会費の区分にも影響します。初期費用を数万円下げるために2年で移転する判断は、総合すると割に合わないことが多い、と考えておくのが安全です。

まとめ|決める順番は「分野 → 商圏 → 競合 → 物件」

開業場所は、取扱分野を決めてから逆算するのが原則です。分野が決まれば商圏の広さが決まり、商圏が決まれば見るべき競合と需要データが決まり、そこまで固まって初めて物件の条件が確定します。この順番を飛ばして家賃から入ると、あとで分野を変えたときに立地が足を引っ張ります。

法令面では、行政書士法8条により事務所は1か所までという制約があります。加えて事務所の具体的な要件は都道府県会ごとに運用が異なるため、レンタルオフィスなど判断が分かれる形態を検討するなら、契約前に登録予定の会へ照会してください。ここを飛ばすと、契約後に登録が滞るという最も避けたい事態になります。

競合を見るときは、県単位の会員数と、自分の分野での実効的な競合を分けて考えることです。令和8年4月1日現在で全国の個人会員は54,186名、上位4都府県に約36%が集中していますが、この数字は「その地域に自分の分野の競合が何件いるか」とは別物です。検索上位10件を実際に開いて、どこまで作り込まれているかを見るほうが判断に使えます。

最後に、立地に払う家賃は「その分野で必要な受任件数を、立地が本当に押し上げるか」で判断してください。押し上げるなら払う価値がありますし、押し上げないなら家賃を下げてWebと業務の仕組みに回すほうが回収は早くなります。開業予算自宅とレンタルオフィスの比較も併せて検討材料にしてください。

Q. 開業後に事務所を移転することはできますか。

A. 移転自体は可能で、行政書士法6条の4により、所属する行政書士会を経由して日本行政書士会連合会へ変更の登録を申請する必要があります。ただし手続きだけで終わらず、Webサイト・名刺・Googleビジネスプロフィール・各許可行政庁に届け出た情報など、更新対象が広範囲に及びます。都道府県をまたぐ移転の場合は、同法16条の5第2項により、移転があった時点で従前の行政書士会を当然に退会し、移転先の都道府県の区域に設立されている行政書士会の会員となります。所属支部や会費区分も変わります。申請書類や添付書類の具体的な運用は会によって異なるため、移転を検討する段階で所属会に確認してください。

Q. 自宅開業は営業上不利になりますか。

A. 分野によります。オンライン面談と郵送で完結しやすい在留資格関連・補助金・契約書作成などを主軸にするなら、所在地が受注に与える影響は小さく、固定費を抑えられる分だけ有利に働くこともあります。一方で来所が前提になりやすい相続・遺言や、窓口への往復が多い自動車関連では、駐車場の有無や窓口までの距離が実際の採算に効きます。なお自宅を事務所にする場合は、生活空間との区分など単位会の事務所要件を満たせるか、賃貸なら契約上その用途で使えるかを事前に確認する必要があります。

Q. レンタルオフィスやバーチャルオフィスで登録できますか。

A. 一律には答えられません。レンタルオフィスやシェアオフィスは、施錠できる個室で書類保管の独立性が確保できるかなどを個別に判断する運用が一般的ですが、判断基準は都道府県会ごとに異なります。いわゆるバーチャルオフィス(住所貸しのみで執務スペースがないもの)は、実体のある事務所とは認められない扱いが一般的です。いずれにせよ、契約を結ぶ前に登録予定の行政書士会へ具体的な物件条件を示して照会するのが確実です。

Q. 競合が少ない地方で開業したほうが有利ですか。

A. 競合が薄いことは有利に働きますが、案件の絶対数が少なく単価も上げにくいという裏側があります。地方で成立させるには、商圏を県内全域や隣県、あるいは全国まで広げられる分野を選べるかが分かれ目になります。オンライン面談と電子申請の比重が高い分野なら所在地の制約は小さくなりますが、その場合は地理的な競合ではなく検索上の競合と戦うことになります。地域の会員数だけで有利不利を判断せず、自分が狙う分野での実効的な競合を確認してください。

Q. 事務所を2か所設けることはできますか。

A. できません。行政書士法8条2項は「行政書士は、前項の事務所を二以上設けてはならない」と定めており、同一の行政書士が事務所を2か所以上設けることは認められていません。また同条3項により、使用人である行政書士等は自らの事務所を設けられません。複数拠点での展開を将来的に考える場合は行政書士法人という別の枠組みの検討になりますが、行政書士法13条の14により主たる事務所・従たる事務所のそれぞれに社員(行政書士)の常駐が求められるため、社員が一人の法人では拠点を増やせません。開業時点では1か所に絞る前提で候補地を比較することになります。

商圏を広げるほど、遠方からの相談の受け方が効いてくる

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※ 本記事は執筆時点(2026年8月)の法令・公表資料に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。会員数・統計値は各公表資料の時点のものです。事務所の設置要件や登録手続きの具体的な運用は都道府県の行政書士会ごとに異なり、制度も改正されることがあります。実際のご判断にあたっては、登録予定の行政書士会および各所管官庁の最新の情報を必ずご確認ください。

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