開業資金は「登録費用」と「立ち上がり期の運転資金」に分かれる
行政書士の開業は、飲食店や小売のように内装や在庫へ大きく投資する仕事ではありません。それでも資金の話が避けられないのは、登録の時点でまとまった額が一度に出ていくことと、受任が安定するまでの数か月から1年をどう食いつなぐかという、性質の違う二つの問題があるからです。前者は金額が読めますが、後者は読めません。開業予算を組むときは、この二つを必ず分けて数えます。
登録にかかる費用のうち、登録免許税と登録手数料は全国共通です。入会金と会費は単位会ごとに決まっており、ここが地域差の大きい部分になります。たとえば神奈川県行政書士会は、登録免許税30,000円(収入印紙)、登録手数料25,000円、入会金250,000円、会費月額6,000円を案内しています。会費は登録完了後の納付で最高4か月分をまとめて納める扱いなので、月額だけで見ると足りず、登録前後で出ていく額は30万円強になります。前納の月数は会ごとに異なるので、自分が入る会の入会手続案内を先に取り寄せてください。
| 費目 | 性格と押さえどころ |
|---|---|
| 登録免許税 | 30,000円(収入印紙)。全国共通 |
| 登録手数料 | 25,000円。全国共通 |
| 入会金・会費 | 単位会ごとに異なる(神奈川県会は入会金250,000円・会費月額6,000円で登録完了後に最高4か月分を納付) |
| 職印・事務所設備 | 職印は所定様式。PC、複合機、施錠できる書庫など |
| Web・名刺等 | サイト、名刺、看板。金額の幅が大きい |
| 運転資金 | 受任が安定するまでの固定費。読みにくい最大の変数 |
参考値として、日本政策金融公庫総合研究所の「2025年度新規開業実態調査」では、開業費用の平均値は975万円、中央値は600万円でした。「250万円未満」が20.1%、「250万〜500万円未満」が21.7%で、4割強が500万円未満に収まっています。ただし母集団は公庫が2024年4〜9月に融資した開業後1年以内の8,517社(不動産賃貸業を除く。回答2,165社)で、士業だけの内訳は公表されていません。全業種の数字として、開業費用が長期的に少額化している傾向だけを押さえます。
創業融資の中心は「新規開業・スタートアップ支援資金」
日本政策金融公庫の国民生活事業には創業者向けの制度がいくつかありますが、いま中心にあるのが「新規開業・スタートアップ支援資金」です。かつて定番だった「新創業融資制度」は2024年3月末で取扱いを終了し、無担保・無保証人の扱いは本制度などに引き継がれました。旧制度にあった「創業資金総額の10分の1以上の自己資金」という要件も、この整理でなくなっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 利用できる方 | 新たに事業を始める方、または事業開始後おおむね7年以内の方 |
| 使いみち | 設備資金および運転資金 |
| 融資限度額 | 7,200万円 |
| 返済期間(設備) | 20年以内(うち据置5年以内) |
| 返済期間(運転) | 10年以内(うち据置5年以内) |
| 担保・保証人 | 希望を聞いたうえで相談 |
| 併用できる特例 | 経営者保証免除特例制度/創業支援貸付利率特例制度/賃上げ貸付利率特例制度 |
公庫は「創業融資のご案内」で三点を挙げています。新たに事業を始める方または事業開始後税務申告を2期終えていない方は原則として無担保・無保証人で利用できること。利率が原則0.65%(雇用の拡大を図る場合は0.9%)引き下げられること。設備20年・運転10年と長期で返済できること。開業直後の行政書士はこの「2期を終えていない」区分に当たります。
ただし限度額7,200万円は制度上の上限で、実際の規模感とは別物です。公庫は「国民生活事業の業務の概要」で、融資先数は115万先、「1先あたりの平均融資残高は822万円と小口融資が主体です」「融資先の約9割が従業者9人以下の小規模事業者」と説明しています。一人事務所の創業案件で数千万円という前提を置くのは現実的ではありません。
金利は「基準利率マイナス0.65%」から考える
公庫の利率は金融情勢に応じて改定されるため、記事の数字をそのまま持ち込めません。令和8年(2026年)8月3日現在の国民生活事業の利率は、無担保・税務申告2期未了の区分で基準利率3.55〜5.25%、特別利率A 3.15〜4.85%、特別利率B 2.90〜4.60%、特別利率C 2.65〜4.35%です。幅があるのは、使いみちや返済期間、担保の有無で変わるためです。申込前に必ず公庫の金利情報ページで最新値を確認してください。
ここから創業支援貸付利率特例制度により0.65%(雇用の拡大を図る場合は0.9%)が引かれます。さらに次のいずれかに該当すると、起点が基準利率ではなく特別利率になります。行政書士の開業では、年齢の要件と創業塾の要件が現実的に効きます。
- 女性の方、35歳未満または55歳以上の方[特別利率A]
- 認定特定創業支援等事業(創業塾・創業セミナー等)を受け、認定市区町村が発行する有効な証明書を取得した方[特別利率A]。上の年齢・性別要件にも当たれば[特別利率B]
- 「中小企業の会計に関する基本要領」等を適用し、自ら事業計画書を策定して認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けている方[特別利率A]
- Uターン等により地方で新たに事業を始める方[特別利率A]。過疎地域なら[特別利率B]
認定特定創業支援等事業の証明書は、金利だけでなく後述の信用保証や会社設立時の登録免許税軽減にも効きます。受講の回数や期間の要件は市区町村ごとに置かれているため、開業の数か月前から窓口に当たっておくのが無難です。要件や発行までの期間は自治体により異なります。
自己資金の要件は? 公庫と信用保証で扱いが違う
公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」の案内に、自己資金の割合要件は書かれていません。書かれているのは、対象を「新たに営もうとする事業について、適正な事業計画を策定しており、当該計画を遂行する能力が十分あると認められる方」に限るという条件と、創業計画書の提出を受けて事業計画の内容を確認する、という手続です。
一方、信用保証協会の「スタートアップ創出促進保証制度」では、保証申込受付時点で税務申告1期未終了の創業者について、創業資金総額の10分の1以上の自己資金を有することが明文の要件です。同じ創業支援でも、制度によって自己資金の位置づけは違います。
割合要件がないことと、自己資金が問われないことは別です。遂行能力を見る材料は、斯業経験、見込み客、数字の根拠、そして手元資金です。前掲の公庫調査でも、開業時の資金調達額は平均1,219万円、内訳は「金融機関等からの借り入れ」が平均827万円(67.9%)、「自己資金」が平均279万円(22.9%)で、この二つで9割を占めます。
創業計画書は10項目|行政書士が詰めるべき欄
公庫の創業計画書は書式ダウンロードページからExcel・PDFで取得できます。現在配布されている様式(2019年5月改訂)の構成は次の10項目で、ここを自分の数字で埋められるかどうかが面談の中身をほぼ決めます。
記入例は業種別に9種類(洋風居酒屋、美容業、中古自動車販売業、婦人服・子供服小売業、ソフトウェア開発業、内装工事業、学習塾、歯科診療所、介護サービス)が公開されています。士業そのものの例はありませんが、案件単価×件数で売上を積む型という意味では、ソフトウェア開発業や内装工事業の書き方が近いはずです。「売上高等の計算方法について」「創業計画書セルフチェックリスト」も配布されています。
9番の見通しを埋めるには、先に報酬額が決まっていなければ手が止まります。報酬額の決め方と売上目標の立て方を整理してから着手すると、数字の辻褄が合いやすくなります。
公庫以外の選択肢|創業関連保証とスタートアップ創出促進保証
調達先は公庫だけではありません。民間金融機関の融資に信用保証協会の保証を付ける形と、自治体が利子補給などで関与する制度融資があります。創業者向けの保証には「創業関連保証」と「スタートアップ創出促進保証」があり、対象がはっきり違います。
| 制度 | 対象 | 限度額・主な条件 |
|---|---|---|
| 新規開業・スタートアップ支援資金(公庫) | 個人・法人。開業前〜事業開始後おおむね7年以内 | 7,200万円。設備20年・運転10年。2期未了なら原則無担保・無保証人 |
| 創業関連保証(信用保証協会) | 個人・法人。創業前〜創業後5年未満 | 3,500万円、10年以内。認定特定創業支援等事業の支援を受ければ創業前6か月以内まで対象 |
| スタートアップ創出促進保証(同) | 法人設立予定者、創業後5年未満の法人など | 3,500万円、10年以内。経営者保証不要・保証料率+0.2%。1期未了なら自己資金10分の1以上 |
注意したいのは、スタートアップ創出促進保証が法人を前提にしている点です。保証対象者は「これから法人を設立し、事業を開始する具体的な計画がある者」や「創業後5年未満の法人」などで、個人事業として開業する行政書士はそのままでは対象になりません。個人か法人かの判断に、この制度の使い勝手が絡む場合があります。
保証料率、据置期間、必要書類の細部は保証協会ごとに運用が異なります。自治体の制度融資も要件や利子補給の内容が地域ごとに違うため、金額や条件は必ず事務所所在地の信用保証協会と自治体の最新の案内で確認してください。
まとめ|申込の前に固めておくこと
必要書類は公庫が「インターネット申込の必要書類のご案内」で公開しています。これから開業する個人事業主の場合は、創業計画書、日本公庫電子契約サービス(国民生活事業)利用申込書、送金先の預金通帳(表紙と見開き1ページ目。なければ口座情報の分かる画面の写し等で可)、代表者の本人確認書類(運転免許証は両面、マイナンバーカードは表面のみ、パスポートは顔写真ページと現住所等の記載ページ)、設備資金なら見積書です。許認可証は「飲食店などの許可・届出等が必要な事業を営んでいる場合のみ」とされ、「現在未取得で、これから取得予定の場合は、お申込時のご準備は不要です。」と注記されています。
資金の使いみちは設備資金と運転資金です。生活費そのものは事業資金ではないため、当面の暮らしを支える分は融資とは別に確保しておく必要があります。ここを混ぜて計画を組むと、返済が始まった時点で無理が出ます。
創業融資は、集客が立ち上がるまでの時間を買うための道具です。返済原資は売上以外にありません。単価・件数・問い合わせ経路という三つの数字を先に決め、それを事業の見通しに落とし、実際にその経路をつくるところまでが一続きの作業です。開業ロードマップの中で、資金調達と集客導線の準備を並行させるのが結局いちばん早い進め方になります。
Q. 自己資金がゼロでも創業融資は申し込めますか?
A. 日本政策金融公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」の案内に、自己資金の割合要件は記載されていません。対象は「適正な事業計画を策定しており、当該計画を遂行する能力が十分あると認められる方」と定められ、創業計画書の提出を受けて内容を確認する仕組みです。一方、信用保証協会のスタートアップ創出促進保証制度では、税務申告1期未終了の創業者について創業資金総額の10分の1以上の自己資金が明文の要件になっています。制度ごとに扱いが異なり、最終的な可否は審査によります。
Q. 行政書士のような士業でも公庫の創業融資は使えますか?
A. 制度上の対象は業種ではなく「新たに事業を始める方または事業開始後おおむね7年以内の方」という形で定められており、士業を一律に除外する記載は公庫の案内にはありません。公庫が公開している創業計画書の記入例にも、歯科診療所や介護サービスなど有資格者が行う事業が含まれています。ただし個別の可否は事業計画の内容と審査によって決まるため、具体的な相談は最寄りの支店へ行ってください。
Q. 行政書士登録が完了する前でも申し込めますか?
A. 制度の対象には「新たに事業を始める方」が含まれるため、開業前の申込み自体は想定されています。公庫の必要書類一覧も、許認可証について「現在未取得で、これから取得予定の場合は、お申込時のご準備は不要です。」と明記しており、登録がまだ済んでいないことを理由に申込みが妨げられるわけではありません。もっとも面談では開業時期や登録手続の進捗を必ず確認されます。登録申請の予定と、資金が実際に必要になる時期を整理したうえで、申込時期は事前に支店へ相談してください。
Q. 据置期間は目一杯使ったほうがよいですか?
A. 新規開業・スタートアップ支援資金では、設備資金20年以内・運転資金10年以内のうち、据置期間5年以内が設定されています。据置期間中は元金の返済が始まらないため月々の負担は軽くなりますが、その分だけ据置終了後の元金返済は重くなり、支払う利息の総額も増えます。売上が立ち上がる時期の見通しと突き合わせ、必要な長さだけ設定するのが基本です。
Q. 公庫の融資と信用保証付き融資は併用できますか?
A. 公庫の融資と、民間金融機関に信用保証協会の保証を付ける融資は別の枠組みで、どちらか一方しか使えないという定めは置かれていません。実際に併用するかどうかは、必要額・返済負担・それぞれの審査次第です。借入は合算で返済していくことになるため、月々の返済額が事業の見通しに収まるかを先に確認してください。条件や運用は金融機関・保証協会・自治体により異なります。
「事業の見通し」を、実際に回る導線に変える
創業計画書に書いた売上は、問い合わせが入って初めて現実になります。
行政書士事務所のLP制作・業務システム開発
株式会社TechSync(行政書士法人Treeグループ)は、士業事務所のLP制作と業務システム開発を手がけています。分野を絞った問い合わせ導線の設計、受任後の書類回収・進行管理をまとめる仕組みづくりまで、開業初年度の限られた資金で何を先に作るべきかという優先順位からご相談いただけます。創業計画書の「事業の見通し」を、絵に描いた数字で終わらせないための土台づくりをお手伝いします。
> TechSyncに相談する※ 本記事は2026年8月時点で公開されている情報に基づく一般的な解説です。融資制度の内容・利率・保証条件は改定されることがあり、審査結果は個別に判断されます。実際の申込みにあたっては、日本政策金融公庫の各支店、信用保証協会、事務所所在地の自治体および所属予定の都道府県行政書士会の最新の案内をご確認ください。税務・会計に関する個別の判断については税理士にご相談ください。